東北地方太平洋沖地震20110311-0312

 この日は翌日にインカレ併設大会参加のために翌日4時出発ということもあり、スケジュールをいろいろ考えていた。通常より1時間くらい早く、16時に退勤して、帰宅後3kmコースだけでも走ってから仮眠。深夜1時に起きて禁書目録とまどマギを見てから出発の予定だった。

 3月11日14時46分頃、ちょうど事務局には珍しく尾上さんと酒井さんと僕と、3人が揃っていた。揺れ始めは「お、お、お?地下で揺れるのは珍しいな。けっこう大きいのか?」と思ってた。そしたら棚の引き出しは飛び出てくるし、ずいぶん長引くので外へ避難することに。他の部屋の人達もみんな避難してきて外に出ていた。

 近くに見える大きなビル(今調べたらキリンビール本社?だった)が揺れているのが肉眼で確認できた。自分が揺れているのでそう見えただけかもしれないけど。これで上階のガラスが割れて降ってきたら大変だねー、などと話していた。しばらくして気づいたのだけど、1階のガラスが1枚割れていた。かなり大きなガラスで、僕らのいた所から1階の玄関へ出る途中にある階段のところあったガラスだ。遠目にあんな模様あったかな?と思ってたら割れていたのだ。

 しばらくして揺れが収まったので事務局へ帰る。さっそくネットをチェックすると震度7だとかマグニチュード7だとかの情報が出てくる。こんなに大きかったんだ、とビビる。しばらく仕事していると再び揺れ。今回も長く大きかったので外へ避難。今度は「もう帰ることにした」と言って全ての荷物を持っている人もいた。しばらく外にいたけど、そういえば電車が通っているのを見ない。あ、止まっているのか?と気づいた。

 このあとは、僕はもう仕事があまり手につかなかったのだが、周りは普通に仕事していてすごいな、と感じる。そしてネットをみるともう既に地震の名前が決定していて、wikipediaのページもできていて、さらにそれがホッテントリしていることに驚く。どんだけ仕事早いんだよ。

 このころになるとtwitter上でも様々な情報が出てきている。そこにはもちろんデマも含まれる。いくつも【拡散希望】や公式RT、非公式RTが出ているのを見る。信頼できないようなものも含まれていた。サーバルームでラックが倒れてきて…はけっこう見たけど、やっぱりデマだった。気分が悪い。

 そして電車はやっぱり止まっていて、これはどうしたものか、と。予定の16時になってもやっぱり電車は動かない。それどころか復旧がいつになるかわからない。余震も何度もあった。そんな状況のままでは電車は復旧しないだろうしな。

 尾上さんと酒井さんは家路につき、僕は残った。もう今日中のJRの復旧はないだろうとのこと。アパートまで35kmくらいはあるので、さすがに歩いて帰るのは難しい。google先生は7時間くらいかかると仰った。事務局で一晩明かすことを決意し、いくつかのメールを打って、宿をキャンセルし、深夜アニメが見れないことを残念がり、コンビニへ食料調達へ向かう。途中でおおきなビニール袋を持ったスーツ姿の人を何人も見る。やっぱり買出しなんだろう。店に着くとものすごい列。弁当パンは当然無い。カップ麺も壊滅。お菓子類・飲料・ツマミ系・缶詰類は残っている。幾分かの希望を胸に次のコンビニへ向かう。こちらはカップ焼きそばがいくつか残っていたので、それを2つとカロリーメイトなどを買う。

 TBSがustreamで公式に放送していたのでそれを流して様子をみる。現地の様子が流れてくる。そのほか、ネットを通じて様々な画像・情報が流れこんでくる。西武鉄道のページはほとんど繋がらなかった。twitterでもいろいろ情報が来たけど、基本的にソースのないものは信用できない。その辺りが分かっている人たちばかりならいいのだけど、今のtwitterはそうでない人も多いので怪しいのもいくつか。ただ、TVも無いこの状況で、様々な情報が手に入れられるとは、やっぱりネットはすごいなと思った。TVだけだと、どこの局も同じようなものを流すだけだし。

 西武線は運行再開したようだ。しかし池袋まで行く手段がない。あ、今考えれば池袋じゃなくて西武新宿でもよかったんだ。それくらいなら歩いて行けたかも。池袋でも8km弱だから行けないことはなかったけど。

 0時前には禁書目録もまどマギも中止になることを知る。まぁ当然だろうな。しかしこれで関西民とは1週間の差か…。ネタバレを避けるのがけっこう難しい。インカレは予定通り開催するとのこと。えー!?、とも思うけど、直接関わる身でもないので「開催するな」とも言えないし、フクザツな気分。twitter上ではまだ岐阜へ行けていない(そして多分辿りつけない)学生も見て取れる。0時頃、寝る。

 4時頃、電話などで起きる。本当ならこのくらいの時間に出発していたはず。同乗者にメールで連絡したはずだが、うまく届いてなかったようだ。そのご、また起きてustreamなどを見続ける。そこで何ができるわけでもないけど、見ているだけで、読んでいるだけで時が流れ続ける。

 夜が開け、JRも7時頃から、山手線は8時頃から動き出すとのこと。まぁ最初は人が多いだろうから昼前に動き出すことにしよう。やることはまぁ同じ。たっぷり時間はあったので、仕事をやれば色々進んだだろうけど、どうにもそんなことできる気分じゃ無かった。

 10時頃、事務局を退出する。東京の街は、まぁ普段どおり。駅に着くと山手線外回りは動いていないとのことなので、副都心線で池袋まで。ホームまでがかなり長いのな、副都心線。車内は全然混んでなくて、余裕で座れた。ちょっとあっけなくて、あれ?あれ?

 池袋駅で、JRの窓口付近に行くとさすがに混んでいる。ようやくそれらしい混乱を目にした。しかし西武線のホームはまぁ普段とそんなに変わらない。急行飯能行きの電車がやけに空いていて、となりのホームにみんな並んでいる。なんで?と思ったけど、どうやら並んでいるほうの電車が先に出るらしい。でもそっちに並んでも座れないしなーと思って空いている電車のほうに乗り込んで眠ることにする。

 目がさめたのは、どこかの駅を出る所。そこがどの駅かわからなかったけど、次の駅の案内が、最寄り駅の1つ先だった。あぁ、そうか、また乗り過ごしたんだな。11時くらいになっていて、かなり暖かかった。

 最寄り駅からの帰り道は全然普通の日。例えばネットもTVもなかったら、このあたりの人は昨日の地震を「揺れたねー」程度しか知らなくて、宮城があんなことになっているとは分からずに日常が戻ってくるんだろうな、江戸とかの昔はそうだったのかな、などと思いながら歩く。

 アパートに帰り着き、僕も日常へ戻る。しかし、この周りの日常とネットやTVで流れてくる情報との差にうまく心を落ち着かせられない。上階の人がやたら大音量で音楽を流している。これがかなり気に食わない。

 「こんな時に」とかいう言葉は、理屈的にはちょっと嫌いで、たしかに当事者にとっては大変な時なんだけど、離れた場所にいる今の自分が心配していても仕方ないし、何の役にも立たない。ヘタに動いても逆に迷惑になることのほうが多い。出来るのはまぁ募金くらいか。だから、あくまで日常をすごせばいい、というのは分かっている。自粛しておとなしくしていたり心配して心を痛めていても何も生み出さない。でもどうにも心は納得してくれない。

 咳も出てきたので、節電して欲しいという18時くらいに早々に床に就く。