実名とか本名とか匿名とか

 ネットの渦では時々、実名匿名の是否について話が行われている。それはもう頻繁に。正直、またかよ、と思うこともあるくらいに。僕はたぶん最初は名前はなくて、そのうち掲示板なんかに書き込むときに「みやぎしま」と入れていた。これは本名とかじゃなくて、ひらがなで「みやぎしま」というのが言わばハンドルネームだった。

 そのうち自分でプロバイダ契約してg249@ulis.ac.jpという学籍番号のアドレスじゃないIDを取ることができるようになった。そこでつけたのがc-miyaというものだった。このcが何を意味しているのかといえば、本当はちょっと複雑なんだけど、面倒だから昔のあだ名のちゅんたからのcということにしている。本当の意味は、B’zのBと同じくらい簡単で、謎で、適当だ。

 このc-miyaというのはけっこう気に入っているんだけど、果たしてなんと読むのか?自分では「しーはいふんみや」と読んでいる。でも呼びにくいよね。いや、呼ばれることのない、web上での書かれた言葉だからいいんだけど。リアルでは「しーみや」と読まれたことがある。まぁそれが読みやすくていいんじゃね?

 でも、僕は別に本名を隠したくてとか隠さなければならなくてこれを使っているんじゃない。もっと本名を出した方がいろいろやりやすいのかなー?と思うこともある。まぁ深く考えることじゃないけど。

 ネットの世界において、日本は本名を隠し、海外では本名を出す文化らしい。日本は本名出す(晒される)とそこから色々晒されたりいたずらが振りかかるから、とかそんなん。でも、別に僕の名前が出たからって何が困るのだろうか?住所が出たらどうなる?ダイレクトメールが来る?いや今も来ているし、増えても実害ない。変な輩が家に来る?それは怖いけど、来ても何もないよな…?つまらないと思うけど…。電話番号が出たら…いたずら電話とか迷惑電話が増えるかな?これは面倒そうだ。まぁ、結局僕なんぞに大した個人情報なんぞありゃしない、というのが僕の今の認識。

 日本はそうやって恐れて隠すから、ちょっと表に出た(出てしまった)個人に対して攻撃が加えられるんじゃないか?と思うようになった。みんながオープンにしていれば、そんなに珍しいものでもないので攻撃する意味がなくなる。まぁ、何か「やらかした人」というのは攻撃されるだろうけど、そういう人は今の時代個人情報隠していても掘り返されるしね。

 自分の情報なんて見てもつまらないようなことを思ったけど、人によっては違うかもしれない。人の人生というのは、どんなに平凡と言われるものでも非常に興味深い物語の1つだと思う。だとしたら、やっぱりその片鱗である個人情報というのは美味しいものなのか?でも公開されている他人の個人情報見たって特に面白くはないよな…。

 なんだか境界が分からない。書いてもやっぱりまとまらなかった。ただまぁ、自分の場合は「宮城島俊太」というのよりも「c-miya」のほうがweb上で見る分には字面が気に入っているので、このままなんだろう。「宮城島俊太」というのを見るのはなんとなくこっぱずかしい気分がするんだよなぁ。これは自分に対する自信のなさが現れているんだろうか?


…まぁ、結局やっぱり何の結論もでないわな。