全日本スプリント

 6時半起床。宿の朝食バイキングを食べて、会場へ。BGMをFF?〜?ノンストップバトルアレンジメドレーにして、気合を入れる。それにしても館山道は片側1車線しかないので、スピードが前の車しだいというのが何とも…。

 会場に着き、荷物を降ろし、駐車場への車の移動を藤島氏に頼んで駐車場−会場間の荷物運搬。やっぱり3往復必要だった。あの(一見)無駄な遠回りは何だったんだ?

 意外と時間がなくなって、まずは自分のレース。66名中30名が決勝進出。2レーンに分かれているので33名中15位まで。エントリーリストを見ても、自分より速い人ばかり。これで決勝進出は、まず無理だろうなとは思うものの、せっかくの舞台、やれるだけのことはやる。

 レース内容は、やっぱり満足できるものではないけれど、まぁ無難。そして成績は27位。30秒は縮められるかもしれないけど、それ以上はやっぱりトレーニングが必要。予選通過まであと2分。…スプリントでは途方も無い数字に見えるかもしれないが、それでも目標としては十分にやりがいがあるように思える。そういう目標をしっかりと見えるところに置ける、ということが意外だった。インカレを目指していた頃のような、懐かしくも嬉しい気持ちになっていた。

 ちなみに、自分のようなタイムでも、インカレ試行大会のほうだったら余裕で通過。トップはやっぱり遠いけど。

 そのあとは写真を撮る気力も無かったので、決勝まで暇。かなり暇。もう寝てた。

 決勝は、一度始まるとインカレから全日本選手権までどんどん進んでいく。インカレ女子が決まり、全日本女子も14名しかいないのですぐに決定。写真を撮りながら、でも誰がどのくらい速いのかはわからないまま。優勝者は、加藤くん以外は意外と言えば意外。でも、まぁ全然おかしくはないんだけど。期待した選手はちゃんと入賞の中に入っていたし、いろいろ満足。

 全日本スプリントという大会についても、課題はまだまだあるだろうけど満足。選手としての自分にもこんなにもいい機会になってくれたことが非常に嬉しい。この嬉しさは本当に予想外だったのでより印象的。

 全てが終わって、片づけをして帰ろうとした。そして、優勝者に書いてもらったルート図を速報所に掲示したままだったと気づいた。そして振り向くと速報所はすでに撤収されていた。あわてて運営者のところに行く。てっきり回収してくれていたのだと思っていた。だが、対応してくれた宮田くんが慌てている。…あれ?

 その後、一緒に資材を探してもらうが発見できず。そんな…。なぜ無くなったのか?自分は回収していない。掲示してからそのまま放置していた。会場撤収で片付けられてしまったのか?ではなぜ資材の中から出てこない?ルートを書いてくれた選手が持って帰ったか?それはない。みんな僕がO-Newsに掲載することを知っている。参加者の誰かが持って帰ってしまったのか?まず無いと思うが、信じられない行動をする人もいる。速報の用紙を記念に1枚抜き取るような感覚で持ち帰ったのか?演出用にタダで配布してある最後の1組だとでも思ったのか?…どの可能性も限りなく低い。

 なぜ無くなってしまったのか?どこにいったのか?非常に悲しく、情けなく、申し訳なく、心沈む出来事になってしまった。

 帰りは千葉あたりまで高速を使い、そこで解散し、あとは16号でぐるりと回って帰った。16号は渋滞も無く、21時くらいに帰宅。意外と疲れている。とりあえず、また走れることには喜びを感じる。でも、いろいろ複雑な心境。